2010年12月31日

真意を汲み取る繊細さ

今年もまた、一年を振り返る時期になりましたね。

皆さんはどうお過ごしでしょうか。

はい、どうもITマスターです。

まあ今年も色々ありましたが、振り返ると、物事には全て理由があったなあと。当たり前の事ではありますけどね(^^;;

さて、最近の国のドタバタ。これは大きな組織から小さな組織まで、日本の全てを映す鏡の様に思えます。

どうしても人間ですから利権が絡むのはある程度理解しますが、やはり人を利用する事から入ると、相手もバカで無い限り気付きますから、結局のところお互い利用する事しか考えないんだなあと、ほんと、思いますね。

想いは何なのか、何をどうしたいのか、それは誰がやるべき事、しなくてはならない事なのか。

アツくなりすぎるのもいけませんが、そこを見せずに、そこを追いかけずに、利害の一致で結集した組織ほど弱いものは無いんだなあと、本当に思いますね。

そんな中で色んな手法…、見せかけの綺麗事、新聞ではパフォーマンスと言われている様ですが…そう書かれている時点で、見破られているんですよね。

ただ、理想だけを言って何もやらないのが一番罪という視点もありますから、何もしないよりはマシです。自身が怪我を恐れていては、何も変わらないですしね。

この10年を見た時、誰がどの様にリーダーシップをとったかで、かなり結果が左右されましたよね?強いリーダーシップと弱く争いを避けまくるリーダーシップ。

世間では強いリーダーシップがないと…と、いう意見が大半です。確かに私もそう思います。しかし、それによる障害も当然ありましたよね?リーダーも人間ですから、全て完璧な判断なんてあり得ないという良い例です。

そこで大事なこと。私はアツくなる事自体を得策とは思いませんが、アツく見せる事は必要だと思いますね。

要は思ったまま話している様で、そこにはシッカリとした想いがなければならない、要はアクター(俳優)であるべきと。

そして受け側は、演じる人のその時その時のアクター言動をそのまま取るのか、真意を汲み取るかで、また、結果は変わると思っています。

当然の話ではあるんですけどね(^_^)

また、昔は自己犠牲精神を持った方が多かったと聞きますが、最近は最初に述べた利害の一致のみを求める思考が蔓延し、犠牲精神を持った人がいても、過去の古い人間扱いで終わってしまっている現実があります。

そして、世の中は自分さえ良ければ…が当然になって来ています。

自己の色んな犠牲を払ってでも変えて行きたいと思う人を粗末に扱って来た結果が今です。

ただ、手の届かぬところの大きな話に対して、ああやこうや言っていても、物事そんなには変わりません。

ならば、せめて自身の属する一番近い社会から、出来る事を変革を…

そういう意識を持った人が1人でも多くなっていかねば、何も変わらない…

理想だけで飯は食えないのは事実ですが、理想なしではお互いを潰し合う虚しさに人は侵される…

これは、人間が社会の中で活動して行く以上、避けきれない問題であり、また、色々悩み考えることを唯一与えられた人間の宿命の様な気がしますね(^^;;

non_alcohol_bar04:36コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
人間 | cafeでの語り

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