2015年01月17日

阪神大震災 から20年 生かされている者の責任 #阪神大震災 #20年 #黙祷

今年もこの時が来ました。早起きして黙祷の準備です。

残された私達は、無駄に生きてはならない…そう思った十代最後。

さて、人生の中で苦境に立たされた時、今までで苦しかったことを思い出し踏ん張るなんて事、良く聞きますよね。

それは、実体験の中から来る事が多いので、体育会系の人は粘り強いとか言われる事が多いとは思います。

私も体育会系でしたが、それを軽く越える苦難が、多感な十代最後から二十代前半にかけて降りかかってきました。

その年齢ではあまり経験しない様な苦難がいっぺんに重なる感じで、これから先、それが一番の奮起剤になるだろうと当時は思っていたのですが、実際は違うような気がします。

本人の苦悩なんてちっぽけと思う出来事…それが阪神大震災の直撃でした。

幸運な事に、激震区の割には何とか住居の破壊から免れ、親族や親友が…でもない…ので、その当時は震災以外の苦悩の方がキツかったのですが…

しかし、今となっては人生の苦境に立てば立つほど、震災の事が頭に浮かぶのです。

あの時、人生が終わっていても不思議ではなかったと。

漠然とではあるけども、生かされてるという感覚。この生まれ育った街を破壊され、そこから復活させる為に、生き残った自分達に何ができるか…

残された私達は、無駄に生きてはならないと、そう思った十代最後。

この思いは、辛い事が起きれば起きるほど、そして、05:46の時計の針の形を見るたびに…

そう、あの時に二回目の人生が始まったと言っても過言では無い、そんな感覚…

これが私にとっての奮起剤…と言うよりも、生かされている者の責任のような気がして、どんな苦境にも何とか立ち向かうことが出来ている…そんな気がしています。

non_alcohol_bar06:22コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
地震 | 人生

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
プロフィール

ブルーパンダ

記事検索
カテゴリ別アーカイブ
メンバーリスト